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基本のこと、楽しむということ

基本はだいじ

 何をやるにしても「基本」って、ありますよね。たとえば野球だったらキャッチボールとか、音楽だったらロングトーンとか、音階とか、リズムとか。やっぱどんな天才でも、基本を身につけることは「だいじ」なんだと思っています。

 ただ、ぼくは、そういう「基本」だからこそ、楽しんでやった方が続けられるし、身につくんじゃないかって考えています。

根性論で身につくこと

 これまで、ぼくが通ってきた時代もありますけど、ど根性で、歯を食いしばってやっている場面を何度も見かけたことがあります。ぼくは、それはやりたくないなって思ってました。でも流れとかもあるし、人の影響もあるから、ある程度は、渋々でもやらざるを得ないこともありました。

 繰り返しやることって、身につけるためにやるわけです。で、しんどいと思いながらやると、身についたとしても、最終的に「しんどい。」も一緒に身につくわけです。

 それなりに、できるようにはなっていて、人からも「すごいね。」って褒められたりもするけど、やればやるほど、自分自身は、しんどいわけです。

 今でも、しんどいを繰り返す教育ってあるんじゃないかって思うんですね。それは、学校に限らず、会社でも、家庭でもですね。

本気で楽しむということ

 根性論ではなくて、何も考えないで、修行のように黙々とやるということもありますね。そういう場面も、もしかしたら必要なのかも知れませんが、これも、ぼくは、やりたくないなって思うんですね。

 たとえて言えば、バットの素振り千回で技術が身につく人は、1回1回をちゃんとやってる人なんだと思います。そうでなければ、やっぱり、結果として徒労に終わるんじゃないでしょうか。

 音楽の音階練習だって、機械的にやって出来たって、その「機械的」が、テクニックとして身につくだけです。聞く人は、びっくりするだけで、心に響きません。まぁ、びっくりしたというのを感動だと勘違いする人も、いるのかも知れませんが、次の日には忘れているようなことを感動とは言いません。その点、どうなんでしょうか。

 どうせなら、本気で楽しむことが大事なんじゃないでしょうか。力まかせでもなく、機械的でもなく、自分の心と向き合うことが。

 そうして、初めて、感動が生まれます。10年経っても、50年経っても、覚えていることってありますよね。その時は無理に「感動した。」って思わなくてもいいんです。本当に心に届いたことは、忘れません。

 ぼく自身、そうやって、自分の心にも、聞いてくださる人にも、届けたいなって思います。 

葵(タチアオイ)の花を見つけた

 道端に葵の群生が咲いていました。赤やピンク、紫の花と、緑葉が雨に濡れていました。

 よく見ると、左手前の低い位置にあるピンクの花は薔薇でした。この組み合わせも面白いと思い、写真を撮りました。今の季節、紫陽花もいいですが、葵のすくっとした立ち姿を見るのもいいものです。

 最近、きれいな景色を見ながら、ただしゃべっているという動画を撮っています。これもそのひとつで、今朝の小雨降る城原海岸です。

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指先から感じるもの、見えるもの

昨日の夜、ぼくのアメブロ「空と海とぼくへ」に「指先が感じることの意味と深さ」というタイトルの記事を書きました。

なんとなく、文章が途中で終わっているような感じがあったので、続きとして読めるものを書いてみようと思います。

アメブロの記事は、1,000分の1の精度が指先で、感覚としてわかるようになったことを書いています。

これは、決してぼくが特別な感覚を持っているということじゃなくて、誰にでも備わっているもので、ただ「意識のあり方」で、その感覚が感じられることがあるんじゃないかなと思います。

誰でも、視線を肌で感じたり、大切な人の思いが伝わったりする経験をしていると思います。

(視覚)目は見るけど、見るのは、目だけじゃない。
(聴覚)耳は聞くけど、聞くのは、耳だけじゃない。
(触覚)肌は触るけど、触るのは、肌だけじゃない。
(味覚)舌は味わうけど、味わうのは、舌だけじゃない。
(嗅覚)鼻は臭うけど、臭うのは、鼻だけじゃない。

根本にあるのは、「意識のあり方」であって、これは五感だけじゃないと思います。

たとえば、お金のこと。

財布に3万円入っていたとします。

「こんなにある。豊かだ。安心だ。」と思う人は、すでに豊かでしょう。

「月末の5万円の支払いがある。足りない。」と思う人は、まだ月の半ばだとしても、すでに貧しいと思います。

「意識のあり方」の一例です。

こんなわかりやすい例ばかりではなく、実際には多くの無意識の働きで、人はその人の世界を作り出しています。

30年も前に、ぼくは指先の感覚から、そういったものを感じるようになりました。