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アクセスバーズ ブログ

ながらライティング、ダブルポスト

 どうしたら、毎日ブログが書けるかな。毎日どころか、一日に何回でもブログを書いてみたい。

 ああ、そうかって。一休さんみたいに頭の上に電球がついた。これまでは、ブログを書くために時間を作ろうとしていたわけですね。自分で「集中しないと書けないタイプ。」って、自分のことを決めてたみたい。

 でもさ。他のことはけっこう、本読みながら、書き物しながら、計算しながら、YouTube見ながらって、「ながら」をやってるんだわね。

 そうか。ながらライティングでいいんだって、やっと気がついた。推敲もしなくていいし、ダブルポストどころか、トリプルでも、何度でもあちこちに同じようなことを書いてもいい。繰り返し書くことがあってもいい。

 無意識の意識、潜在意識に気がつくようになると、こんなふうに、どんどん変わる気がする。

 アクセスバーズを経験して、自分でもやるようになって、気づくことが増えたようだ。おもしろい。これから、どんどんおもしろくなる。

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アクセスバーズ スピリチュアル ブログ

何も足さない、何も引かない。でも、心地いい。

 ekuboさんと共同で、スピリチュアルなメッセージを中心にお届けしているサイト(ホームページ)があります。–>ekubodream.com

 こちらに「新しい世界が始まりました」という記事を書きました。どういう内容かというと「アクセスバーズ」の施術をする「プラクティショナー」の資格を得ることができました。ということです。

 人間って、エネルギーがぎっしり詰まっている生命体なんですね。特に脳では、常にいろいろと考え、記憶して、想像したりしています。気がつくと、次から次へと思考が流れ、ときにぐるぐると回っていたりします。

 そして、いろんな情報が頭の中で溢れていきます。それも、細胞の中のDNAでは、生まれる前の情報も実はずっと引き継いでいます。いきなりお母さんのお腹の中で新しいまっさらなDNAが作られるわけではないんですね。そうした情報が、ときに記憶として再生され「前世の記憶を持っている」と認められる人が現れたりもします。これは、現実にたくさんの事例があります。その情報量は、300年とも言われたり、1,000年とも言われたりしますが、その長さの違いは経験の違いによるのだろうと思います。

 思想的、宗教的に輪廻転生を認めない方もおられるとは思いますが、すべての生命が引き継がれて、今ここに存在することは、まぎれもない事実です。

 そんなこんなで、頭の中は、すでに必要のなくなった情報や思い込みや習慣に縛られた情報であふれています。その情報を整理して、クリアにするための方法が、アクセスバーズです。

 アクセスバーズの施術は、頭のまわりの32のポイントを軽く指先でタッチするというものです。微弱な電気信号に乗って、エネルギーが流れます。

 「本当に?」そう思いますよね。ぼくも最初は「何それ?」と思いました。ですが、施術を受けて、その都度確実に思考がクリアになって、楽になる感覚がありました。

 もちろん、効果については、個人差、タイミングなど、いろいろだろうと思います。少なくとも、すっきりします。中には、ぼくのように人生が変わるくらいの感覚を得る人もいます。

 それでいて、体に対しての負担はありません。何も足さない、薬も使わないし、そもそも医療行為ではありません。リラクゼーションのひとつという認識でもかまわないと思います。何も引かない、失われるものは何もありません。

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オカリナ ブログ 音楽

ナイス・オカリナです。

 「オカリナ奏者みゆう ocarina-miyuu」のYouTubeチャンネルの「ハンドル」を「@nice-ocarina」にしました。なので、

https://www.youtube.com/@nice-ocarina

 このアドレスのリンクで、以下のチャンネルが開きます。今はまだ検索では出てこないですが、nice-ocarinaで検索しても、このチャンネルが開くようになると思います。

 鳥取の美しい風景をバックにオカリナの演奏をお送りしています。

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ブログ

トイレ掃除の時間

 ぼくは、これまで長い間朝起きて、家族が起きるまでの時間にトイレ掃除をしていました。そのほうが習慣になるし、朝スッキリするほうが一日を気持ちよく過ごせるからです。

 でも、もたもたしていて家族が起き始めると、たちまちトイレはラッシュを迎えます。そうなると一旦トイレ掃除をあきらめて、あるいは中断して、時間のあるときにまた再開することになります。再開できればいいのですが、ぼくも仕事がありますので、そのまま出かけることもあります。

 そうこうしていると、数日トイレ掃除をしていない日があることもあります。

 なんでかわかりませんが、他の家族がトイレ掃除をするのは、滅多にありません。これは、ぼくが小さい頃からで、ちゃんと柄付きブラシとか置いてあったりするけど、ぼく自身は素手でトイレ用ウェットティッシュや雑巾(着なくなったTシャツとか)を使うので、そういうよぶんな道具は、家族が年に数回掃除する時のためのもので、すっかりホコリをかぶっています。

 ぼくはトイレ掃除をするのは、当たり前だと思っていたんですが、最近YouTubeを見るようになって「トイレ掃除をすると金運が上がるよ。」って言っているのを聞いたりすることが多くなりました。そういえば、ぼく自身たまにお金に困ることはあっても、独身の頃から何度も乗り越えてきました。現在は家族4人。電気代もガス代も水道料金も保険料もぼくが払っています。なんの問題ありません。

トイレ掃除は夜することに

 ふと、夜トイレの便器に座っていると「夜すればいいじゃん。」ってトイレの神様が耳元で言うんです。つい、反射的に「あ。そうですね。」って頭の中で返事をしちゃったんですね。

 そうなると、これは神様との約束ですから、守らないといけません。

 早速、やりました。スッキリと眠れます。

 今日から、トイレ掃除は夜やります。朝やることも、もちろんあると思います。気持ちいいですね。豊かです。

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スピリチュアル ブログ

今を見(まみ)える

不思議な夢を見た。

 そこでは、時間はランダムに進んでいました。過去や未来や、時計がずっと止まっているように感じられたりします。ぼくが不思議に思っていると、誰かが「ここでは、今に塗(まみ)れるんだよ。」と言う声が聞こえました。

 「ただ、今を感じるんだ。」とも。

 「そう。(今を感じる)それだけで、いい。」

 不思議と意識は連続していて、時間だけが変わっていきます。ここでは、今をどう感じているかで時間が変わっていくんだと思いました。

 「今に塗(まみ)れる。」と聞こえたのは、「今を見(まみ)える。」という言葉だったのかも知れません。

時間を選択しているという感覚

 朝、起きてみると、不思議な感覚が残っていました。それは、一瞬一瞬の時間を選択しているという感覚です。当たり前のことのようですけど、ふだんぼくは、時間が一定の間隔で過去から未来へ流れていくという感覚で生きています。

 今、感じているのは、その流れではなくて、一瞬一瞬が自分の選択だということです。

 たとえば、順番とか、仮にとか、そういう思考が重要だと感じられなくなりました。ひとつひとつが「今」なんです。すべてが「一期一会」になる感覚といったらいいでしょうか。

 これって、なんだか気持ちいいですよ。

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ブログ 音楽

コンサートホールでの身の回り品をどこに置くか

 コンサートに行くのに、でっかいスーツケースを持っていく人はいませんし、もしそういう人がいれば、入場するときに受付でコインロッカーに案内されるでしょう。

 でも、ポーチとか、ポシェット、小さなバッグなどは、財布、携帯電話、化粧品などを入れておくために、どうしても持っていく必要があると思います。それに、受付ではパンフレットを手渡されますし、会場で開演前や休憩時間にCDや記念品などのグッズを買うかも知れません。

 一般的にホールの座席は、飛行機や高速バスの座席よりも狭く感じることが多い気がします。収納スペースもありませんし、肘掛けは、左右どちらかとも共用で肘掛けというより、境界線程度のものでしかありません。クッションも最低限ですし、リクライニングも高さ調整もありません。

 うっかり背もたれの下、腰の後ろに荷物を置こうものなら、隙間があって、下に落とした経験も多々あります。そうなると、身の回り品は足元に置くか、膝の上ということになります。運良く隣の席が空席なら、そこに置くでしょう。

 突然スタンディングオベーションが始まったら、あわてて荷物を座席の上に移動して、立ち上がり、座るときに荷物を持って座るということになります。慣れていますか?ぼくは、なかなか慣れません。ぼくはだいたい最後に立つグループの一人です。

 膝の上のパンフレットが気になって、人より拍手をすることが遅れることもあります。そもそも専用の席に案内される車椅子以外のハンディ(障害など)のある方はどうしたらいいんでしょう。付添の方がいて、荷物を持ってくれるのでしょうか。

 最前列の人には荷物カゴを、2列目より後ろなら、飛行機や高速バスのような前の席の背もたれに取り付けられた小物入れがほしいと思います。あるいは、シート座面がフタになるような収納スペースがあれば便利です。

 こんなふうにぼくは思います。

ここからは架空の未来

 チケットもインターネット経由のスマホの画面で受け取れる時代です。スーパーのセルフレジのように、そのチケットのバーコードを読み取って、鍵の開閉ができる小物入れスペースがあればいいなと思いますが、どうでしょうか。

 もし荷物の取り忘れがあれば、スマホに通知が来るようになったら、便利ですね。

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オカリナ スピリチュアル ブログ 未分類 音楽

昨日の気付きにつながる本を見つけた

 昨日、入口と出口という話を書いて、自分でただ思ったこともマイナスなこともぜんぶ潜在意識に入るから、曖昧にしないで理解することが必要なんだと気づいた、というようなことを書きました。

 今日もいろんな奇跡が起きています。もう、奇跡は常に起きるものになっていますね。

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 アマゾンで買えるこの本は、今キンドル・アンリミテッドで無料で読めます。この本をぼくは既に読み始めています。これも奇跡ですね。この本の内容は、そのまま昨日の気付きにつながる話です。

 この動画は、今朝の海の様子を撮影して、その後録音したものをミックスして映像したものです。鈴木英史さんの編曲した曲を演奏したのは今日が初めてでしたが、なんとついさきほど、この方と友人が並んで写っている写真がその友人のフェイスブックに載っているのを見かけました。

 偶然というには、あまりにもすごいことです。びっくりしました。きっと何かご縁があるのでしょう。

 これからもいろんなご縁をいただくと思います。ひとつひとつ大切にしていきます。

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オカリナ ブログ 音楽

入口も出口も大事

 今日、オカリナの録音をしようと準備をしていて、パソコンとUSB接続のオーディオインターフェイスをつなぐための、USBアダプターを忘れているのに気づいて、ものは試しと、MacBook Air M1の内蔵マイクの入力レベルを調整して、録音したのが今日の動画です。

 パソコンやスマホのスピーカーで聞く分には、たぶんそこまで違和感はないと思います。ヘッドホンで聞くと、いつもより高音も低音も圧縮されたような感じです。

 やってみて、MacBook Air M1のマイクが案外性能がいいことがわかりました。もちろんそのままのレベルだとビビりまくり、割れがひどくて使えません。かなり絞って、アンビエンスをいつもより多めに調整しました。

 別にオカリナの録音に限らず、自分のことを伝えようと思ったら、入口(マイク)も出口(スピーカーまたはヘッドフォン)も大切です。

今日の気づき

 ぼく自身、「人に伝えないんだから。」とその辺のことを曖昧にしていたことに、今日の体験から気づきました。

 たとえばクルマを運転していて、割り込みやあおり、ウインカーの合図なしに目の前で曲がってこられたりと、イライラする場面にはたくさん出会います。あまりに多いので、その都度、「なんだよー。」とか、ひとりごとを言って怒っていたりします。

 そのことばがどこから発して(入口)、どう受け止めた(出口)ということですね。

 そこを曖昧にしていると、結局潜在意識に入ってしまいます。そして、また繰り返し同じような現実が現れます。

 「え?えええええっ!?」

 ですよね。自分がその現実を作っているわけですから。これは、とても大切な話なんじゃないかなと思ってシェアすることにしました。

 ここまで、読んでいただき、ありがとうございます。

明日の入口

 オカリナの録音ですが、明日は入口(マイク)を変えて録音してみようと思います。いつも使っているマイクは、シュアーの58です。

 明日使う予定なのは、AUDIX i5で、シュアーの57/58と同じような感度のマイクですが、カプセルが中でカバーされていて、ウインドスクリーンのメッシュも細かくて、ソフトな音で録れそうな気がします。楽しみです。

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スピリチュアル ブログ

年齢は情報のひとつ

 長いこと使っていても、壊れないモノってありますね。およそ100年前の1920年代のメタルクラリネットが家にあります。ほとんど使っていないので、現役とは言えませんが、数年前にメンテナンスをしていただいて、演奏が可能な状態にはなっています。

メタルクラリネット

 ふだん使っているクラリネットは、1978年フランス製のセルマー10S(テンエス)です。44年前なんですね。これも今年メンテナンスをしていただいて、コンディションはとてもいい状態になっています。

 楽器って20年、30年たっても使えるのは当たり前ですね。コンディションを保って、時折ちゃんとメンテナンスを続けていれば、世代を超えて使うことができます。ネックが折れていて、長い間使っていなかった50年前のクラシック・ギターも再生されて復活しています。

ちょっとむずかしい話をしてみます

 ぼくは、時間を「次元の属性」というふうに考えてみました。実際に、1920年も1978年も、50年前も、こうしてみると、今、ここに確かに存在しています。

 ふだん、この時間という「次元の属性」を、人は記憶の中の「変化の過程」として捉えています。10時を指す時計を見たあと、11時を指す時計を見て、「ああ、1時間経った。」と思うわけです。

 この「次元」というものは、同時にいくつも無限に存在していると言われています。1920年が存在するように10時の時計も「今ここ」に存在しているわけです。

 ただ、ぼくたち三次元の存在は、すべてを認識することができないので、「今」という「属性」が与えられたものだけを物質として認識することが可能なのです。

 だから「こうなりたい。」というアファメーションは次元を否定することになり、「既になっている。」というアファメーションが現実となります。実際に今ある自分の姿というのは、繰り返しそうやって(たぶん)無意識にアファメーションしてきた自分が選んで具現化したものなのです。

40歳になったら体力ががくんと落ちる

 60歳になったら、思うように動かなくなる。そう言われて育ちました。今でもそういう声を聞くことがあります。

 ぼくの認識は、今のカラダにあった運動をすれば、必要な体力は保てるし、もうすぐ62歳になる今も、体調は上がったり下がったりを繰り返しています。それは、10代のときも、20代のときも経験してきたことでした。

 年齢は属性のひとつです。常に変化はあるし、違いはあります。

 この話が腑に落ちれば、なんでもないことなんですね。この世界を満たしたかったら、自分を満たせばいいし、そのままでいいのなら、そのままでいいわけです。この世界を変えたかったら、自分が変わればいい。それが真実です。

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スピリチュアル ブログ

毎日誰もが生まれ変わっている

 楽しいか、どうかですね。

 毎日というか、この瞬間にもぼくのカラダの中で新しい細胞が生まれているわけです。それは過去を知らない細胞です。良くも悪くもその細胞は、記憶を持っていません。

 その細胞をゼロから育てるのは、自分自身です。

 ぼくは、そう考えると、ワクワクします。

 カラダを持って生きています。この体験をどうせなら楽しみたいと思います。また明日のためにこのカラダを休めます。

 おやすみなさい。