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スピリチュアル

ぼくもいつか死ぬ

誰だっていつかは死ぬのは確定していて、誰も逃れられないのだけど、それはこのカラダの使用期限が来ちゃうってだけのこと。なにか準備をしなくちゃいけないわけでもなく、あーここまでって、いうのがあるだけ。

自分から決めて死ぬ人もいるけど、それはそれでその人の期限だと思えばしょうがないのかなって思う。事故や病気、戦争で死ぬのも同じ。やりきれないと思うのは、生前関わった人の社会的背景がそうさせるもの。そういう意味では、なるべく身近な人に負担のないようにはしておきたいとは思いつつ、そうはならないのも社会的背景のなせるわざ。

ただ、魂だけは残るというのは割と信じていて、その魂の出会いをとても愛おしく思う。そうやって、常に魂に向き合っていると、カラダの使用期限はさして重要ではないのかなって時々思ったりもする。

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スピリチュアル ブログ

タブレットは、現代の紙

 これは、我が家の日常の風景ですが、不要な紙があちこちに散乱しています。ティッシュBOXなんかも2つ3つ転がってたりするのに、いざ使おうとすると空だったりして。

 書類とか、郵便物とか、ちゃんと整理している人はいいんですけど、その類いの紙って、すぐたまるし、すぐどこにやったかわかんなくなる。それで、同じ紙の束を何度もパラパラやってたりして。いちいちファイルしてクリップでとめて、付箋もつけたり、端を折ったりもして。それでもわけがわからなくなる。

「あー、また請求がきたー。前の振込用紙どこーっ?!」

 なんて叫んでたりする。

不要な紙は感謝して捨てる

 こころがけているのは、「感謝する」っていうこと。ただ捨てるだけだったら、中身も意味も忘れてしまう。その紙がなんの役に立ったのかって、必ず意味があるわけです。もちろん、ただの千切れた切れ端とか、人がぽいっと捨てたティッシュとかもあるから「感謝する」は大げさかなーって、そう思うときは、別にそれはそれでいいんだけど。

 「捨てる」というのは、意味だけを受け止めて、切り離すこと。自分の外の世界に「お返しをする」、そう思えたら、自然に「ありがとう」って言えたりする。

タブレット登場以前

 ぼくがパソコンを使うようになったのは、90年代、今から30年以上前のことです。当時から、必要な情報は、パソコンを使って残しておけばいいっていうのはずっと思っていて、でも当時使っていたフロッピーディスクとかだと、ラベルを書いたり、いちいち読み込んで検索しなくてはならなくて、紙よりももっと不便でした。

 だからずっと「パソコンがもっと薄く軽くて、紙の代わりになったらいいのに。」って思っていました。

 それよりずっと前には、吹奏楽でクラリネットを吹いていて、何枚にもなる楽譜がめんどくさくて、自動で楽譜が書き換わるような紙があったらいいのになんて妄想してました。

2010年に未来が始まった

 初代iPadを入手したのは、2010年5月末です。発表されていた発売日の前日には届いていたような記憶があります。早速週末に予定されていた野外でのイベントで楽譜を表示するのに使いました。

1枚1枚楽譜を写真に撮って、順番に並べておくだけですから、簡単です。感動しました。ただ、ぐらぐらする譜面台に載せるのは不安でしたし、太陽の光の下では、反射して見づらいということがわかりました。

現在のiPadは4台目。iPad Pro 12.9(第4世代)です。

譜面台はタブレットを置いてもぐらぐらしないで安心な、ヤマハ製の軽量なアルミスタンドです。

あっという間にスマホの時代に

iPadを買ったけど、ケータイはまだガラケーでした。すでにiPhoneも出てたけど当時人気はなかったと思います。

保存するときは雲(クラウド)の中に

(この文章は書きかけです。タイトルのテーマにやがて行き着きます(笑))

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スピリチュアル ブログ 挨拶

晴れてたのに やっぱり 雨になりました

今朝は、とてもよく晴れていました。久々にいい天気だなって思っていたんですが、やっぱり午後から雨が降ってきました。気温は9℃あるので、春の雨なのかなっていう感じはするけれど、でもこのあと天候は崩れていく模様です。もしかしたら天気予報のとおり、本当に雪が降って積もるのかもしれません。

こうやって、隙間隙間の合間時間にブログの文章を書いていくことで、何がしたいかっていうと、これからブログを書いていって本を作りたい。メッセージを残したいというのが目的です。

大雑把に文章を残しておいて、それを時たまパソコンやタブレットで整形をしていく。あるいは切り分け、推敲していくということでブログの体裁を整えていこうと思います。

なので、とんでもなく長い文章が残る時もあるし、非常に簡潔に1行だけというような日もあると思います。その幅が著しく大きくなるんじゃないかなと思います。テーマも徐々に絞っていけるんじゃないかなと思います。

毎日ブログを書く方法の1つとして、Craftのデイリーノートを利用するということをこれからやってみようと思います。Craftと言うのはMac, iPhone, iPadで共通して使えるアプリです。日記を書いたり、メモを取ったり、ノートを記録したり、割とシンプルで使いやすく、そして同じデータをMacOS、iOS間で共有できるソフトです。

第1ステップは、入力(インプット)するとき。iPhoneでCraftを開いて、話しかけます。ここで音声は文字に変換されます。

第2ステップはiPhoneかiPad、またはMacBookでCraftを開いて、入力された文章を編集します。どの端末で開いてもすぐに反映されるので、場所や状況に応じて端末を選びます。

第3ステップでは、MacBookで、ある程度まとまった文章をWordPressサイト(ホームページ)のほうにコピー&ペーストします。

タブレットのJetpackアプリで同じようなことができないだろうかと思ったんですが、やはりアップロードがうまくできないと言う現象が度々起きたので、このJetpack計画は頓挫してしまいました。

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スピリチュアル ブログ

プラーナ呼吸について

プラーナというのは、宇宙から得られるエネルギー(氣)で、インド哲学では、呼吸することそのものがプラーナと呼ばれていたりします。

プラーナ呼吸、プラーナを意識した呼吸をしようとしたときに、ぼくがふと思ったのは、この呼吸はよく言われているようにプラーナと言うエネルギーを得るための呼吸ではなくて、プラーナというのは、もともと誰もがすべての存在が常に受け取っているんだということに気がつきました。

科学的と言われる一般的な思考では、この地球そのものは、地球の中だけの資源だけでやりくりをしているっていうふうに、限りある資源という意味で物質を中心に考えられているんですが、実際には宇宙から得ているエネルギーがすごく大きいんだなっていうことがわかりました。地球から宇宙に放出しているエネルギーもあり、宇宙からもエネルギーを受け取っているというのは自然であり、当然であって、これは意識を変える必要があるとぼくは感じます。

突き詰めていくと、存在そのものすべてがエネルギーということです。これは、目に見えないものにすべてが動かされているということで、目に見えない熱だったり、移動だったり、振動だったり、周波数と言われるものだったり、物質と呼ばれているものも、そういったものに動かされているエネルギー体です。一般に言われているように、物質があって、そこにエネルギーが存在するということだけでなく、エネルギーを突き詰めていけば物質になるということでもあります。

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スピリチュアル ブログ

紙はカミサマにお返しする

 ぼく自身は、イベントのちらしなどの配布物をお渡しするような、どうしても必要なとき以外は、「紙」を使って、情報を誰かに伝えるということをなるべくやらないようにしています。

 身近にパソコンやタブレット、スマホがあります。メールやインターネットを通じて、さまざまなサービスを無料または格安で利用できます。

 情報を発信する、共有する方法としては、こうしてブログやSNSで文章を書いたり、クラウドを利用するなど、さまざまなツールを使うことができます。

今も「紙」が使われています

 今、AIが登場して、仕事がなくなるというような話題が時々出ていますが、ずいぶん昔も似たようなことがありました。FA、OAやインターネットの登場で、ペーパーレス社会が出現すると言われたこともありました。

 紙の原料は、木材や植物であり、資源です。ペーパーレス社会は本来、環境にやさしいはずですが、どうしてだか未だに実現されていません。

 このように社会の変化はゆるやかです。今はその中で、一人ひとりが何を選ぶのかが問われている時代なんだろうと思います。

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アクセスバーズ スピリチュアル ブログ

ぜんぶ止めてみる

「あれしなきゃ、これがまだだわ。」って思考がグルグル回っているときは、クルマのエンジンで例えれば、ギアが入っていないのに高速でグルグル回っている状態です。

こういうときは、単純に「冷ましましょう。」という状態です。そのためには、踏みっぱなしになっているアクセルを戻して、エンジンを徐々に冷やしていきます。安定した状態になったら、いったんキーをひねって、エンジンを止めましょう。

ここで止めるエンジンは、もちろん「思考」のエンジンです。瞑想をしたり、集中できる何か他のことをしましょう。私がやっている「アクセスバーズ」には、思考のエンジンを冷まして止める、余分な思考をクリアにする効果があります。

そして、睡眠が大切です。眠りましょう。ただ横になるだけでも構いません。5分、10分だけでもだいじょうぶです。目が覚めたら本を読む、掃除をする、ストレッチをする、そしてまた5分休みましょう。

目が覚めて、すっかりエンジンを冷ますことができたら、習慣になっている思考を手放しましょう。そのためには、自分が何を考えているのかを認識する必要があります。多くの場合、思考は無意識に動き出します。書いたり、声に出したりすることで、しっかりと思考が整い出します。

お手伝いが必要でしょうか。話すだけでも、ずいぶんと楽になります。アドバイスもできます。ぜひ、ご相談ください。

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同じ繰り返しというものは、存在しない

ひとつ歳をとった。

また、同じ失敗をした。

今年もまた雪が降る。

また、同じって、繰り返すって思ってしまう。

でも、本当は、ちょっとずつ違う。

まったく同じということは、一度もない。

空の雲を見てごらんよ

またか、と過去に引きずられるのか。

それとも、今を生きるのか。

同じ繰り返しに見えても、そこが違うと、

意識が変わる。

パンツの紐だって、洗濯するたびに伸びるじゃないか。

意識を変えていこう。

今の自分を見てやろう。

63歳。

つい先日、63歳になった。

おもしろい。生きている。

奇跡だ。ありがたい。

失敗を恐れなくて、いい。

本当に、どの失敗もいつか役に立つから。

鳥取砂丘タカハマカフェにて

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そこに水平線はあるか

 リスペクトしようとして、気がついたら、自分を下げていた。

 という経験がぼくにはあります。オオアリでした。

 それって、どっかにムリがあったからなんですね。

 次第にどツボにはまって、相手は機嫌を損ねます。ますます、自分を下げて、スイマセン、ゴメンナサイ、チャントシマスが口癖になって、さらにどツボにはまって・・・。

 何度それを繰り返していたでしょうね。自分ではなんとかしようと思っているんですが、思考が「対処」なので、人間関係はどんどん悪くなります。どちらにも非はないわけなので、そのときには思考がただ現実化していくという感じです。

 そのスパイラルから抜け出そうと思って、スピリチュアルに出会いました。なんとか抜けたかなって思えたのは、3年くらい経った頃でした。・・・5年かな?

 ぼくを導いてくれたのは、スピリチュアル関連の本だったし、石だったし、なにより出会った人でした。

 今、思えば、自分を下げていたのは、自分の中に水平線がなかったからなんですね。「現在地」と言っていいんでしょうか。今を見つめる目です。核となる地平です。

 オーラが見える方に初めてセッションを受けた時に、いきなり「自分がない」って言われたんです。自分軸という言葉がありますが、当時のぼくは、自分軸、他人軸という言葉の意味がわかりませんでした。「人に気を使っているのも自分だから、自分軸じゃないのか?」程度の屁理屈です。

 人一倍能力があると自負していたので、人より頑張ることでしか自分を表現できませんでした。

 自分が見えていない人が、他人のことを理解できるはずがないのです。その当たり前がわからないのですから、常にトラブルが生じます。その都度、自分を下げて「じゃあ、こうしよう。」と対処を繰り返し続けます。それでもトラブルが起きる。

 このままではいけない。当時はただそれだけでした。

 でも、どうしたらいいのかが、わからなかった。

 今は、感謝しかないですね。今があることを見つめるだけです。この経験を伝えたいなあと思っています。そのために自分が経験したのだと思っています。

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おいしい水

 ぼくにとっての「おいしい水」というと、20代の頃、中野区のアパートで飲んでいた水道水です。カルキ臭がほとんどなく、ごくごく飲める水でした。

 今、おいしい水、っていうと、「お酒」になるでしょう。

 日本酒、ビール、ワイン、焼酎の順になるでしょうか。

 20代の頃は、ブラジル産サトウキビの蒸留酒「ピンガ・ポンタル」はよく飲みました。ポーランドの「ズブロッカ」、ラム酒などもよく飲んでいました。

 飲むお酒によって、色や手のひらで受ける感覚が変わるので、それに合わせてグラスを変えていました。

 当時使っていたグラスのうち、残っていた貴重なグラスが、このワイングラスです。

 東京から鳥取に引っ越しをしたあと、ほとんどのグラスが行方不明になってしまい、新聞紙でくるんで、コーヒー粉の缶に入れていたこのグラスだけが残っていた今となっては大切なグラスです。この写真では、透明な日本酒が入っていますが、ぼくはロゼか渋みの強いカベルネが好きです。

 40年以上たった今でも、少し青みがかった透明で美しいグラスです。

 他のグラスで飲んでいたビールを、残り少なくなったところで、わざわざこのグラスに入れて、泡と光の色を楽しみながらちびちびを飲むことがあります。このグラスに入れると、ビールの泡が、小さな宝石に変わります。

 さあ、程よく酔ったところで眠りましょう。

 今日もいい一日でした。ありがとうございました。

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論理的ってなんすか

記憶の断片

 人間の思考は、論理的に考えるトレーニングをしないと、もともと断片的です。それは、記憶そのものが、断片的で、簡単に想像と結びついてしまうからです。この事実に反して、ぼくもそうですが、常に論理的な思考をしていると勘違いしがちです。

 ただなんとなく頭の中で考えているとき、感情に結びついた思考がその断片をつないでいます。

 「今月もお金が足りないなぁ。」「あの人に嫌な思いをさせているかなぁ。」「あのとき、失敗したなぁ。」こんなカンジで、その多くがマイナス感情につながるものです。

 お金そのものは、その時のエネルギーの状態を表す数字でしかありません。

 マイナス感情は思考に結びつく前に手放すほうが、より思考が整理されていきます。

すべての行動が現実をつくる

 人間は、思考をもとに行動します。お腹が空いていても「ダイエットしなくちゃ。」と考えて、我慢したりします。

 すべての行動が、現実を作っています。

 今、何を考えているのか。何を感じているのか。

 眠くなったので、続きは、あした書きます。

 でも、書かないかも(笑)