これからの世界をどう見るか

Jabra Elite 85tを通じて感じる世界

「アクティブ・ノイズ・リダクション(ANC)」・・・最近のイヤホン、ヘッドフォン製品のキーワードじゃないかな、と思います。今回購入したこのイヤホンもANCが特色の製品です。

こんな田舎でも、音によるストレスって、あったんですね。ANCのおかげで、すごく楽になりました。耳が、じゃなくて、心が、気持ちが、です。

12月半ば、雪が降る

年によって、雪が振り始める時期は違う。大山とか、他の山間部とかは、既に初雪が降っていたかも知れない。2020年は、12月14日の今日、平野部でも鳥取に雪が降り始めた。

冬用タイヤの交換は、明日アップリード・カーサービスに行って換えてもらう。吹雪いて、道路に雪が積もってしまうとアウトだ。そこまでクルマが走れない。

ふと、思いついたことば

歳を取るから、体が衰えるのではない。自分で、衰えた体を作っているのだ。

なんかさー、キーボードに微妙な角度をつけないといけないと思いこんでいる人が多い気がする。その微妙な角度って、何に対する角度なんだろう。わざわざ、キーボードに余計な「足」をつけるの、やめない?それ、意味ないんだけど。

日本酒とビールに、ウィスキーって、ちゃんぽんにすると、悪酔いするって幻想だから。それだと、カクテルで気絶してもおかしくないっしょ。

骨伝導ヘッドフォンをゲットしました。いろいろ使ってみようと思います。

セックスとは、世界が重なって、同時に広がることです。大げさに考えることではありません。

ここに書いたことはいつかは、消えます。それでもまた別の場所で誰かが同じようなことを書きます。死ぬことは、消えることではなく、その瞬間に肉体から離れて全宇宙になることです。

日々雑感12月3日

近況

12月6日に岩美町中央公民館で「澤田廉三没後50年記念フォーラム」が開催されるため、ここ数日は、その準備をやっているところだ。当日会場ロビーでは、廉三が生前残した数多の資料が公開され、展示もされる。中には手紙のようなものも公開されるのだが、これは、当人が生きていれば当然公開されない類のものだ。没後50年というのは、こうしたものも当時の当人に断りなく公開されてもやむを得ないものなのだろうか。

これは、もちろん公開することに対する批判ではない。自分に当てはめて、自分自身には、たいして残すものはないのだと思いつつも、死後、何が残って、何が公開され、どう伝わっていくのだろうか。そんなことを考えた。

気候

今日も雨模様だが、鳥取県東部、平野部はまったく雪の気配がない。外気温は9度と表示され、夜も5度より下がることはないんじゃなかろうか。10日間の予報を見ても、しばらくは、温かい(?)気候が続きそうだ。もちろん、油断はできない。いきなり冷え込んで、一晩で雪が降り積もることが、過去何度もあった。日々天候を気にするのも面倒だから、早めにクルマのタイヤを交換しておこうかと思う。

新型コロナウイルス

風邪にしろ、インフルエンザにしろ、他に病気にしても、予防することが大切だ。マスク、うがい、手洗いは今後どういう状況に変わったとしても、習慣として残ることになるだろう。新しい習慣も慣れてしまえば、どうってことはない。新型コロナウイルスが日常の中で忘れ去られる日が来て数十年経ったとしても、「マスク、いつからするようになったんだっけ?」という質問に、私たちは「2020年」と答えられる世代だろう。それは、人々が1995年1月の阪神淡路大震災や、2001年9月11日のアメリカ同時テロ、2011年3月11日の東日本大震災をこの時代の人々が決して忘れないのと、同じだ。そういう意味では、今この出来事を記憶している世代の人々が全員この世からいなくならない限り「コロナ後(アフター・コロナ)」とは言えないだろう。

2020年もあと一月です。

残すところ、1年の12分の1となりました。

新型コロナで明け暮れましたが、その影響もあって、生活そのものが変わりました。イベントのあり方、やり方も、検温・マスク・事前申し込みなど、新しいスタンダードができつつあるような気がします。

この新しい習慣は、仮に全地球人に催眠術をかけて、新型コロナの記憶を消去できたとしても、もとに戻るというものではなく、未来を見据えた変化だと思っています。

2021年新年という未来を迎える前に、整理できるところは整理していきたい。その上で、今後の可能性を探っていきたい。そんな12分の1を過ごしたいと思います。

岩美町の中央公民館を拠点に発信する

観客を動員しないライブを、たとえば月イチくらいで開催して、YouTubeで配信する。ちらしもポスターもプログラムも一切作らない。ブログ、SNSだけで告知をして、観客ゼロでも演奏をする。

場所は、岩美町の中央公民館いわみんホール。料金は設定しない。黒い箱を置いて、思い思いのお金を入れる。お金は入れても入れなくてもいい。受付で記名、検温、ディスタンスを呼びかける。

みたいなことを、構想です。そんなことを思いついて、考えてみました。

集中したいときのアイロンがけ

集中したいときに、瞑想をしたり、ヨガをするという方もいると思いますが、ぼくの場合は、掃除をしますね。特に集中したいときは、アイロンがけが夢中になれて楽しい。熱の呼吸!全集中!!って感じです。

単純にシワを伸ばすだけなんですけど、襟とか、肩口とか、ポケットとか、細かいところもあるので、タオルを丸めて当てたり、わざと折り目をつけたりもする。そのあたりが工夫できて、意識が集中する。

本当は散歩をしたり、運動を、体を動かすといいんでしょうけど、家にいてできることとなると、限られる。シワシワの洗濯したてのシャツなんかが目につくと、アイロンがけしたくて、うずうずする。1着に20分から30分くらいたっぷり時間をかけて、できたら、ハンガーにかけてちょっとながめる。時間に余裕があるときじゃないとできないのが難点。

一度着ちゃえば、すぐにまたシワシワになるんだけどね。ポケットや裾や襟、袖口はアイロンがかかっていないと、やはりしまらない。

もし夜なら、バーボンをロックで飲みながらってのが最高。アイロンがけしながらの、お酒がうまい。最高にいいアイデアが出てくる。いいアイデアもすぐに忘れちゃうけどね。それで、いいのだ。

回転する時間

「開店」する時間・・・の間違いじゃなくって(笑)。時間は、直線じゃないなって、ふと思ったので。

いろんな変化を捉えて、時間の経過を感じるわけだけど、その変化って、常に一定じゃないし、繰り返し回転しているように感じた。だから、いいときもあれば、悪いときもあったりするんだな、と。

どんどん良くなったり、どんどん悪くなるってことじゃなくて、回転する時間の中で、自分で決めたらいいんだって思った。自分で良くなると決めたら、良くなるし、悪くなると決めたら、悪くなるだけのこと。

この腰痛も実際そうだった。持病でいつも悪いと決めていたから、治らなかった。二十代からだから、もう、何十年もだよ。

これも回転する時間の中に、いいときや悪いときがあって、去年激痛で1ヶ月近く動けなかったときに、良くなると決めた。それからも何度か病院に通ったけど、それも時間が回転していたからだ。少なくとも、どんどん悪くなっていないし、いつも悪いわけじゃない。

年齢を重ねるということも、大きなサイクルの中にあって、直線的に数字が大きくなるわけじゃない。常に回転する時間を体験している。そして、その回転は常に新しい。現実に二十代のときに経験できなかった新しい経験を六十歳を迎えてしているわけだ。この文章も二十代では書けなかった。

これからの人生は面白いと決めた。ぞんぶんに楽しもうと思う。

新しい板モノ

ぼくにとっての、初めての「板モノ」は、2010年5月に購入した初代iPadだと思います。その後は、iPadを5台、Windowsタブレットを2台、Androidタブレットやスマフォ、iPod、iPhoneなど「板状」のインターネット端末を、買い替え、今も使い続けています。

そして今回新しく購入した「板モノ」は、レノボのideaPad duetです。ChromeOSの、Chromebookです。

以前もノートPCタイプのChromebookを使っていたのですが、2年前家族に譲っていたので、その後しばらくは手元にChromeOSがない状態が続いていました。次にChromebookを購入する際は、タブレットをと考えていたので、思い通りの製品が手に入れられたのでホッとしています。

【Amazon.co.jp 限定】Google Chromebook Lenovo ノートパソコン Ideapad Duet 10.1インチ 日本語キーボード WUXGA MediaTek Helio P60T 4GBメモリ 限定スペック 64GB eMMC モデル

新品価格
¥39,800から
(2020/11/29 20:27時点)

最初は、ノートパソコンより小さい10インチのディスプレイサイズに慣れるかなぁと、心配していましたが、実際に使ってみると、ちょうどいい大きさでした。

がっつり仕事で使うときは、Windowsアプリもたくさん使うので、Microsoft Surfaceの出番になるのですが、ウェブでできることは、このideapad duetでほぼできます。その分Surfaceの出番が減りつつあります。

なにしろ、一日中使っていても、バッテリーがあまり減らない。これはありがたいですね。タイプC端子で充電できるので、モバイルバッテリーや、車でも充電できるので、電池切れの心配を今後はしなくてよくなりました。

右側になるほど、キーピッチが小さなキーボードも、慣れてみれば、悪くない感じです。ちょっと浮かして使うSurfaceのキーボードよりも、机の上にベタッと張り付くキーボードの打ち心地はまた、ちょっと独特な感じがします。ぼくは、キーボードの角度は幻想で不必要だと思っているので、無理に角度をつける必要はないです。これは、これでいいと思います。

Youtubeなどでこのタブレットの情報を検索すると、付属のキーボードのジョイント部分がぐにゃぐにゃなのが気になるという動画がたくさん出てきます。きっと、他と比べて、ここが気になるくらい、欠点が見つからないということなんじゃないかなと、ぼくは好意的に解釈しています。ぼくはあまり気になりません。

パッと開いて、パッと使える。Chromebookの使い勝手を知ったら「これでいい。」思う人は多いんじゃないかな。このideaPad duetは、キーボードとカバーを切り離したら、そこそこにタブレットとしても軽い。

末永く使っていきたいと思います。

どこに行くかではなく、どう過ごすか

国や県、市町村で統計をとる、数字を比較するというのは、それぞれの地域での施策を決めるのに役に立ちます。ただ、それによって、個人が変わるわけではありません。

東京で9年暮らす

18歳で鳥取から上京するときに「あんな怖いところに。」と行く前も、行った後も散々言われました。

田舎にいると、東京は治安が悪いところ、空気が悪いところ、誘惑が多いところというイメージです。それは、統計上の数字にも現れていることであって、そういった対策、施策をしている地域であることは間違いありません。

その後10年近く、東京に、窓を開ければ新宿ビル群が見える環境に住んでいて、アパートの隣の住人のことは会えば挨拶するくらいで、詳しく知ることはありませんでしたが(しょっちゅう入れ替わっていたし)、人に助けられた記憶がたくさんあります。

今では珍しい公衆電話ですが、携帯のない時代、田舎との連絡は100円の使える公衆電話を探して、順番を待って電話をかけたものです。チャリンチャリンと結構なスピードで100円玉が落ちていきます。100円玉10枚、1,000円で何分話せたでしょう。後ろで待っている人も気になります。最後のコインのブザーが鳴りかけたとき、並んでいた後ろのおじさんが、「もう少し話をしなよ。」と100円渡してくれました。もう手持ちのお金がないときだったので、その100円のありがたかったこと。

お金もなく、腹をすかせていたぼくに、パンの耳を袋いっぱいにただでくれたパン屋のおばちゃん。

同郷だからと、いつも大盛りで食べさせてくれた行きつけの中華料理屋のおじさん。

ぐでんぐでんに酔っ払った客に数万の勘定を払わせた後で、財布を覗き込んでビビっているぼくに「あんたは、2,000円でいいよ。」と笑って言った新宿のクラブのママさん。

なんか貧乏ネタばかりになった😀けど、それ以外にも思い出せばキリがないくらいの出会いがあって、東京でいろんな人に助けられてきました。

2020年新型コロナ

人類に新型コロナという強敵が現れました。一見するとただの風邪のように見えますが、治療虚しく亡くなる方もたくさんいる怖い病気です。

それに、自分がどうなるか以上に、人にうつすかも知れない、迷惑をかけるかも知れないという恐怖も大きい。

今は、とにかく、体調を整えること、衛生状態に気をつけること、人混みを避けることしかありません。

GoToトラベルは、旅行に行く余裕のない人にはあまり関係ありません。経済対策だと言うけれど、リストラの進む旅行業界、航空業界を見ると、恩恵を受けるのは、一部の人のような気がします。

東京や大阪は怖いところというイメージが先走っています。田舎の人だけでなく、全部の国民がそう思っているような気がします。医療が逼迫しないように、統計をとって、対策をすることは必要です。しかし、個人は、どこへ行く、行かないではなく、どう過ごすかの方が大事です。

「マスコミに踊らされるのではなく、自分がどう生きるかに焦点をあてて生きなよ。」

新型コロナウィルスが話をするとしたら、そう言っているんじゃないかな。そんな気がします。

前は全く使っていなかった、ウェットティッシュを2種類「アルコール配合の除菌タイプ」と「肌にやさしいノンアルコールで天然の除菌成分が配合されたタイプ」のものを常に持ち歩いて、あちこち拭いています。

必要なのは、新しい習慣ですね。

「何かしなきゃ。」

その「何か」がはっきり「何」って決まっていないときって、その「何か」は実は、ないんだよね。

そう思うときは、たいてい「何もしないで、休め。」というサイン。

無理にその「何か」を探してやろうとしても、うまくいかないことが多い。

本当に「よしやろう。」って、決めたことがあるときに、そのことだけをやればいい。

「何かしなきゃ。」って漠然と思うときは、その裏には「何もできていない。」という意識が働いているとき。

それは単なる不安の幻想なんだ。まーぼーろーしー!!

なんかねー。こうしなきゃ、ああしなきゃってついつい思っちゃうよね。

いいのだ。いつも何もしないのが基本で。それが真実だから。

基本ゼロベースでいること。余計なものを手放すこと。

その方がうまくいくんだ。もう、どんどんうまくいく。

見える、の違い。

一般的に視力、ということで言えば、ぼくは相当に悪い。かなり悪い。今、裸眼でパソコンに向かっていて、画面から顔が40~50センチくらい離れているわけだけど、見出しの文字は読める。本文の小さな文字は、ディスプレイに顔を20センチくらいのところまで近づけないと、見えない。

じゃあ、メガネをかければいいじゃん。って人は思う。実際パソコン用に作ったメガネがある。そのメガネをかけると、顔を上げて、視線を下向きにすれば、文字が読める。そう、これは遠近両用のメガネで、手元の見える範囲が広めに作られている。外出用の遠くが見やすいメガネは別に作った。用途に応じてメガネを使い分けるというのは、割と普通だ。そしてさらに、ぼくはふだんはコンタクトレンズをつける。

裸眼のいいところは、当たり前だけど、目が楽だ。目に何も負担がない。だから、家ではレンズやメガネを使わない。文字を読むときだけは、不便だ。あとは、なんともない。

景色はぼやけている方が、だいたいきれいだ。わざわざぼかした写真があるだろう。いつも、あんな感じで見える。「得だなぁ。」と一人でにやけてみている。

そうだな。人の表情が見えないのも不便だな。でも、だいたい感覚でわかるときもある。伝わる感覚に敏感になるというのもメリットかもしれない。全盲の方が当たり前に人に向き合ったりする。「今日は、誰それさんが来ていないな。」とか言ったりもする。そういう感覚が理解できる。

感覚を研ぎ澄ますという意味では、多少不便なくらいがいい。どっちみちAIがなんでも教えてくれるような時代になるんだろう。そうなったときに、感覚がある人と、感覚がわからない人では、大きな差が出てくるに違いない。