湯たんぽが、あるじゃないか。

いつの間にか、我が家の居間にいつも鎮座していた扇風機が消えた。

いつ頃からか「こたつ」が、いる。でろーん、と。

最近では、石油ストーブも使ったことがある。

大量に、使い捨てカイロも買ってきた。「箱買い」ってやつ。そのほうが、安いから。

で、ふと、使い捨てカイロもいいけど、すでに暖房がある自宅では、これは必要ないなと思った。

使い捨てカイロは、寒い外で使う。下着や上着の裏地とかに貼る。

それでも、暖房されていない深夜の寒い部屋とか、布団の中とかを暖かくしたい。

むかーし、我が家には、電気あんかとか、豆炭のあんかとか、あった。

湯たんぽは、なぜか、なかったのよ。

で、ホームセンターで、専用の「おくるみ」と一緒に、ブリキの湯たんぽを買った。

お湯を入れればいい。数分で1リットルくらいのお湯は沸く。ガスでも電気でも。そのぬくもりが、一晩中続くスグレモノ。

いいじゃん、これ。

買った、その夜使ってみた。

まだ、それほど寒くはない。

これから、だんだんと冷え込むことがあるだろう。

その時は、手放せなくなる。

なんだか、寒い夜を楽しみにしている。

暖簾が届きました

鶏岩のトリ

鶏岩の暖簾が届きました。

手書きのメッセージが添えられていて、「鳴き声を聞けたら 音楽にして 聴かせて 下さい 谷口恵美子」とありました。粋ですねぇ。

教室の出入り口に、ふだんは暖簾としてかけるんですが、演奏するところの先々に連れていこうと思います。行った先にかける場所があればかけてもいいし、ステージの近くにおいてもいい。

「しあわせを はこぶ鶏」奏でる音が、その鶏の声になるように、届けたい、その思いでこれからの演奏活動を続けます。

ゴジラの音楽、知ってますか?

印象的な、何か迫ってくるような鼓動とメロディ。映画「ゴジラ」のテーマ曲を作曲したのが、伊福部昭氏(いふくべ・あきら:1914―2006)です。

伊福部昭氏は、北海道で生まれています。そこでアイヌの人々との交流を通じ、アイヌ音楽に傾倒していきました。

40歳のとき(1954年)にゴジラの曲を作曲し、80歳のとき(1994年)に大伴家持(おおとものやかもち)の歌をもとにした因幡万葉五首の作曲をします。

伊福部家について

伊福部家は、もとは、因幡国の古代豪族であり、天皇に仕える采女(うねめ)を送り出すなどした。今は宇部神社の宮司の家系として知られています。

伊福部昭氏の作曲した、因幡万葉五首のうち、4曲を谷口尚美さんが歌います。

ぼくは、オカリーナを吹き、SINさんという方が、ピアノを弾きます。

そのあと、東京大学名誉教授、伊福部達氏(いふくべ・とおる)の講演会があります。

「緊急地震速報チャイムと伊福部昭の音楽」

令和元年(2019年)11月30日(土)

会場 県民ふれあい会館 鳥取市扇町21 電話0857-21-2266

入場無料

15時30分 開場
15時40分~15時55分 因幡万葉の歌
16時00分~16時25分 古代因幡の豪族・伊福部臣氏について(吉田氏)
16時30分~17時30分 緊急地震速報チャイムと伊福部昭の音楽
         講師 東京大学名誉教授 伊福部達氏

音楽家・岸本みゆう 2019年のイベントカレンダー

ほどよい気候

暑いと、何も手が付かないし、暖かいと眠くなります。

このところ、このあたりでも日中はいろいろですが、朝晩の気温が10度にならない日が増えてきました。朝晩が、5度を切るくらいになるところでは、とっくにストーブを出していることでしょう。ウチもそろそろストーブを出そうかと思います。

寒いと、たしかに頭が冴えて、こうして眠れずにいたりもするんですが、カラダは冷えますので、無理をすると風邪をひきます。昔なら綿入れのどてらを着たりしたんでしょうが、なにか着るものがあったかなぁ。

世界には、年じゅうほどよい気候の場所もあるでしょう。今が、安心して安全に暮らせる場所にいるのなら、まずはその幸福を味わおうと思います。

海外では・・・

香港など、海外では、今でも内戦や暴動が起きているところがあって、心を痛めます。

日本の田舎、ここ鳥取では、狭いながらも豊かな自然に囲まれて、ひっそりと、人々がそれほど幸せを幸せとして意識することなく、ただ幸せに暮らしています。

もうすぐ雪が。

そう言いつつも、雪の季節が近づいてきました。

綿入れのどてら、アマゾンにあるかな。友人は、練炭火鉢に炭団(たどん)で火を起こそうか、みたいなことを考えているようです。

どちら様も、ご自愛ください。

今後は、このサイトが、ベースになります。

これまで、いろいろなホームページを作ってきました。整理して、やめたページもたくさんあるので、いちいち、そのことは書きませんけど、しばらく、ここ数年は「田後90~水平線の向こうに~」と、「パソコン教室のエフセブン(出張レッスンします!)」の2本立てでやってました。パソコン教室の方は、fseven.biz(エフセブン・ドット・ビズ)の名前のサイトも復活させました。

音楽ライブユニットぽんかん。のページもあります。

当初、音楽とパソコンで分けようと考えていたんだけど、もとが一人の人間なので、どっちも、なんとなく重なる部分がありました。

そもそも、分けようという発想に無理があったんだって思います。実際は、重なったり、広がったりするのが自然の流れです。

分けるという発想からは、このサイトは、しばらく浮いていた存在だったんですが、「鶏岩(とりいわ)」に出会ったことで、このサイトのネーミングともぴったり重なるし、ひとつにまとまるベースが見つかったというイメージがあって、うれしかったですね。

プラ製の消耗品を買わない、使わない

今の日本で、プラスチック製品をまったく使わないで生活することは、難しいでしょう。

パソコンや家電製品に使われている部品の多くもプラスチックですし、マウスやプリンター、デジタルカメラなどの周辺機器にもプラスチックが使われています。

クルマやありとあらゆる生活用品まで、プラスチックが使われていないものの方が少ないと思います。

プラスチックは、成形、加工がしやすく、さまざまな色のものが作られます。軽く、製造コストも安く、木や鉄など、もともと違う素材で作られていたものの多くが、プラスチックに置き換えられています。

マイクロプラスチック汚染

こうしたプラスチックがゴミとして廃棄されたあと、適正に処理されずに自然環境に出てしまうと、次第に粉砕されて、細かい粒子となって、動物や魚がエサと一緒に食べてしまいます。これが「マイクロプラスチック汚染」として、最近よく話題に取り上げられています。

大きな動物になると、袋や破片など、そのままの形のものを飲み込んでしまうこともあります。

人間が食事でとる食材の中にもマイクロプラスチックは含まれていることがあり、世界保健機関(WHO)や、環境省、厚生労働省などの報告も多数ありますが、「現状では健康にリスクはないが、さらなる調査が必要」とされています。

ぼくがやっていること

既に多くの方が実践していることです。まず、レジ袋を使わない。それから、個包装のものをなるべく買わない、使わない。などです。

シロップやミルクなど、一人用として、使い捨ての小さなカップに入っているものがあります。瓶や紙パックで買ったほうが経済的です。

処分する際には、プラゴミとして分別する。適正に処理されれば、環境に取り残されることはありません。PETボトルなど、リサイクルされるものは、必ずリサイクル品として処分する。

「ワクワク」に沿って生きる

「わくわくする」って、誰もが同じことでそうなるってことではないですね。

ジェットコースターが好きな人は、乗っていることを想像するだけでわくわくします。嫌いな人は想像すらしません。

「わくわく」って、その人の心に直結する感覚です。

もう、その「わくわく」を我慢しなくていいんですね。

今は、そういう時代になったんだと思います。

人に合わせて、がんばって、無理をしなくていい。

「わくわく」に沿って生きたほうが、きっと、うまくいきます。

みんながそうなれば、平和になります。

努力することがダサいとか、言うつもりはありません。

ワクワクがあれば、人から見ると、がんばって見えることも、その人にとっては、努力ではなくなるってことです。

これ、田後90の方にも書きますね。田後90〜水平線の向こうに〜は、ぼくの個人サイトです。若干表現の違う文章になっています。

出張レッスンのパソコン教室のエフセブンは、ぼくの仕事サイトです。

「Tori-iwa/しあわせを はこぶ鶏」始動

このサイトを始めたときには、はっきりした意図(いと)や狙いのようなものは、まったくありませんでした。

2017年の夏まえくらいに、地元(鳥取県岩美町)のジャズバンドにメンバーとして加わったときに、バンド名をどうするかというような話題があって、別に頼まれたわけでもないけど「お名前ドットコム」で、適当なことばを検索していって、見つけたのが、このサイト名「スプリングバーズ(SpringBirds)」でした。

なんか、かっこいいかなってカンジで。

その後、 この名前は、 バンド名としては、メンバーに提案も何もしていなくて、サイトも、ほったらかしでした。そのジャズバンドも今は、やってません。

ちなみにぼくは、このバンドではクラリネットを吹いてました。

ドメインの更新の時期がきたときに、放っておいて、廃止にしてもよかったんだけど、なにげに更新してしまって、でもやっぱり、ほったらかしにしてたんですね。

鶏岩(とりいわ)との出会い

2019年11月7日の夕方、aponの練習のあと、ボーカルの谷口尚美さんと行ったcafeニジノキでその「鶏岩(とりいわ)」と出会いました。

この日は「くじらの型染め」として、谷口恵美子さんの作品が展示されていました。どの作品もひとつとして同じものがなく、デザインも色使いも美しいものでした。その中で「鶏岩」とタイトルのつけられた暖簾に目が止まりました。

鶏岩は、鳥取市福部町のたんぼの中にある、ニワトリのとさかのように三角形に突き出た岩のこと。その岩の中には鶏がいて、1年に1回くらい鳴くらしい。その鳴き声を聞いた人は、幸せになれるという言い伝えがあるというような話を、その日展示の初日でcafeニジノキにいらした谷口恵美子さんご本人から聞きました。

次の日も、その話とその暖簾「鶏岩」のことが頭から離れなくて、そのまた次の日9日の昼前に谷口尚美さんを誘ってcafeニジノキに行きました。

幸せの鳥

ここは、鳥取だし、オカリーナもバードです(ガチョウ)。今後は、幸せを運ぶ鶏と一緒に音楽をたくさんの人に届けたい。そう感じて、鶏岩の暖簾を購入する(いただく)ことにしました。

ふだんは、もちろん、今パソコンを使っている事務所の部屋の暖簾として入り口にかけようと思います。

そして、スプリングバード岸本みゆうとして、このデザインの名刺を作ろうと思います。「Tori-iwa/しあわせを はこぶ鶏」始動開始します。

出張のできるパソコン教室、パソコン教室のエフセブン、オカリーナ吹きのみゆうの「tajiri90.com」も今後ともよろしくお願いします。以下に主要なリンクを貼っておきます。

輪切りの私

なんだ、それは?バラバラ殺人事件か?

いや、単に『矢切の渡し』をもじってつけたオヤジ的なタイトルです。

人は成長します。歳をとります。

生まれて、死ぬまで、ずっとです。

いっぽうで、Aさんは、常にAさんです。ぼくは、ぼく。

人は「過去はもうここには存在しない。今だけがある。」って思ってます。

そうでしょうか。

あくまで「こういう考え方もあるよ。」というスタンスで話を読み進めてください。

実は、過去の自分も未来の自分も同時に存在していて、その中のこの瞬間に見える部分を人は「今」だと認識しているのだと。

だから、輪切りの私。今。

そして、その私は、パラレルワールドというところに同時にいくつも存在していて、その世界は選択できるのだと。

輪切りの私(今)は、過去にも未来にもアクセスできます。そして、選ぶこともできます。違う世界の自分は、同じ自分でも、ちょっとずつ違います。

同時に存在している過去の自分をインナーチャイルドと言ったりします。

やさぐれていたインナーチャイルドがいたとして、そのインナーチャイルドを癒やすことができれば、輪切りの私(今)が変わり始めます。選択が変わるということですね。

掃除って楽しいじゃん♪

私たちの住むこの世界のことは、すべてエネルギーで説明できます。

お金やモノがあるっていうのも、エネルギーだし、行動したり、何かに心動かされて、反応したりするのもエネルギーです。

だから、モノを持ったり、捨てたりすることも、エネルギーの交換です。

エネルギーを火にたとえてみる

エネルギーを火にたとえると、わかりやすいかも知れませんね。

焚き火。メラメラと炎が燃えています。これは、まさにエネルギーのカタマリのような存在です。

火力が弱くなりかけると、薪(たきぎ)を加減を見ながら、つぎ足します。

大き過ぎる薪や、多過ぎる薪を、くべてしまうと、かえって火が弱くなります。

身の回りを整理したり、掃除するときも、この感覚です。

一度に片付けたり、時間をかけて掃除をしたりするのでなく、焚き火を楽しむように、身の回りを楽しんで眺めながら、少しずつ、きれいにしていく感じです。

今を未完成だと思わない

掃除をするというのは、片付いた状態を理想として描いて、そこにたどり着くまで片付いていない状態を続けるということになります。

つまり、その理想にたどり着くまでは未完成ということになります。

これは、片付いていないという意識を常に持ち続けることになります。

その意識に終わりはありません。

なぜなら、片付こうが、何しようが、常に身の回りの状況は変わり続けるからです。

気がついたら、ホコリは積もってますし、本棚におさめたはずの本が積んであったりします。

今は、すべてオッケーです

未来にも実は存在しない理想を見るのではなく、今を見るだけです。

今が心地いいと感じられるか、どうかです。

ちらかっていても、落ち着くという人もいます。

高級ホテルのラウンジでは落ち着けないという人もいます。

自分が触れる世界は、自分が作っている世界です。

今の自分そのものが、触れる世界に存在しているだけだということが理解できたなら、自分の意識を変えるだけで世界は変わり始めます。

今目の前にある世界は自分そのものです。オッケーを出しにくい状況にある人も、オッケーを出す。自分そのものを味わうことでしか、世界は変えられません。

こんな雑然とした文章でも、自分が表現できていればオッケーなんですね。

ノーベル文学賞を取ろうとは思っていません。

読んだ方に何か伝われば幸いです。

掃除は、自分磨き。楽しいっていう話でした。