メタバースとリアル

 私たちが認識している現実世界というのは、物質と時間に縛られた法則のある三次元世界です。多くの人々は、この世界を「リアル」と言っています。

 私たちは、一人ひとり自分の脳が作っている世界を見ています。そういった意味では、本当のリアルは、一人ひとりの意識の中で作られてると言えるでしょう。パーツとしての情報を共有しているので、みんなが同じ世界を見ていると錯覚しています。(ここでは、時間が交錯しているので、実際は四次元です。)

 最近注目されている「メタバース」というのは、一人ひとりが意識の中で作っている本当の「リアル」をコンピューターとインターネットを利用して作り、体験する試みです。

 コンピュータと高速大容量のインターネットの出現で可能になった技術ではあるけれど、根っこにあるのは、一人ひとりの意識であり、極論すると「人類が誕生したときから、メタバースは存在」していたわけです。それが、技術革新によって、はっきり認識することができるようになりました。

 映画「マトリックス」では、人々が現実だと思っていたものが仮想現実だったということが描かれていますし、その中でも人が生き、死ぬことがあるとされています。

 また逆説的に今、現実だと思っているこの三次元世界が、本当に現実なんだろうかという問いかけでもありました。

 これから、どんなリアルが見えてくるでしょうか。楽しみで、ワクワクします。

見えるもの、見えないもの

人は霊長類

人間は、誰もが他の生き物より優れていると思っているようです。

ぼくは、ちっぽけです

いえ、マイナス思考だということではありません。

空を飛べません。ハンググライダーとか、身近にやっているところが見えるし、飛んでいる人を見て、すごいなぁと思うけど、自分は飛んでみる勇気がありません。

視力は相当悪いです。メガネも、コンタクトレンズもない世界だったら、目の前のことですら、まったくぼんやりとしか見えません。

鼻はよくつまります。匂いに気づかないことがあります。

音楽をやっています。耳はいいだろうと、関わるすべての人にそう思われています。

2万ヘルツの音は聞こえません。それは、これまでもずっとそうでした。突発性難聴になった経験もあるし、耳管が詰まって治療した経験もあります。少なくとも、特別な耳ではありません。

味覚も、触覚も普通だろうと思います。点字ボランティアをしていた頃は、指先の感触が優れていると自分で思っていましたが、今は、まったく点字も読めません。

運動能力も至って普通です。二十代で腰を痛めてからは、速く走れません。10キロを1時間かけて走るのがやっとです。

12歳まで吃音でしたし、赤面症でした。

睾丸は片方しかありません。30代で性的に不能(勃起不全)になった経験もあります。

両親からは、ぼくが小さい頃から反抗的だったため、何か異論を訴えると、完全否定されます。その度にケンカになるのがイヤなので、母親とはなるべく顔を合わせないようにしています。父親はもうこの世にはいません。

こうしたことを、わざわざ人に言うことはないけど(今、書いたけど)、隠していたりもしていません。

ぼくが他の人に比べて、他に違う点があるとすれば、3歳くらいのときに、目を閉じた瞬間に世界が消えることに気づいたことです。目を開けたときに見えた世界は、自分以外の誰もが見ていない世界でした。自分が何者で、どうしてこの世界があるのだろうという孤独と恐怖を感じたことを今でも思い出すことができます。

ぼくを見る人は、ぼくが内面から自分を見たときと、違う見方をするでしょう。

それは、社会の中で、その人がどうなのかということに人が関心を持つからです。

結果、見えているものがその人自身だという認識しかありません。

人間は、そもそも他の動物より優れているとは限りません。

感覚、運動能力、どれをとっても、優れた動物は他にいます。

他の動物と競い合う能力がなかったから、言語や、道具を使うための能力、脳力を向上させなければ、人類は生き残れなかったというのが真実です。

道の駅、揺れる

道の駅 きなんせ岩美での久しぶりのライブでした

揺れましたね。

「空間が変わった。」と思いました。

久しぶりで、懐かしい感覚もあったのですが、

前と同じ、ではないです。

楽しかったです。

うれしい、楽しいですね。

「きなんせサロンコンサート」というタイトルがついていました

かたちが、これから、どんどん、変わるんじゃないかと思います。

かたちが、っていうか、空間ですね。

変わったのは、空間です。

なんとなく、上昇気流に乗っています。

浮かれている、とかじゃなくて、むしろ、自然に。

もっと楽しくなります。

ヤバいです。

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感想(97件)

とうふちくわ、おいしいです。

子どもの頃は、ぼくはどっちかっていうと、苦手でした。

最近、ますます、おいしいです。

プレーンな生なとうふちくわしか食べたことないかも・・・。

他の味も試してみたいというときに、このセットです。

幸せは、いつもここにある

「青い鳥」は、いつもそばにいる。
「青い鳥」を探そうとすると、見えなくなる。
ただ見つめればいいし、信じればいい。
心が見なければ、見ないだけのこと。

年齢や過去の経験は、今の状況を生み出す要素(エレメント)のひとつに過ぎないことに気がつく。より重要なのは、今、何を感じているのか、ということ。

未来は幻想だし、死は、いつも隣にいる。そして同時に、生は常にある。

note.comには、その時に思いついた内容で、5分以内のトークを編集なしでアップしています。もしよかったら、聴いてください。
ocarina | note のページ

ある場所でひまわりを見た

11月下旬にひまわりが咲いているのを見たのは、初めてでした。

ひまわりは、夏の花だと思っていました。

現実に日中の最高気温が10度くらいのこの時期にたくさんのひまわりが咲いているのを見ました。これは、まぎれもない2021年11月23日の写真です。背景に見える紅葉とひまわりの黄色い花とのコントラストをお楽しみください。

ぼくにとって、長い間親しんできた「紙」。

でも、だんだんと紙ではなくて、ディスプレイに変わりつつあった。

そんなある日、和紙の紙すき体験をした。

丸い紙、というのが新鮮だった。

その時の様子は、えくぼさんがレポートを書いてくれているので、読んでみてほしい。

今日の出会いに感謝

小さい頃、紙にいたずら書きをしていて、まだ余白のある白い紙を捨てようとすると、父に叱られた。「白いところがなくなるまで、書いてから捨てるんだ。」と。

紙に文字を書くことで、そんな昔のことを思い出した。

ペンだこは、ほとんど文字を書くことがない、61歳の今でも中指に残っている。

それくらい、いつも力いっぱい握りしめて鉛筆を持っていたんだと思う。

父とは、ずっと折り合いが合わなかった。

だから、自分で、それほど悪くない、印象に残っていたエピソードを記憶から消していたのだと思う。

父は、酒を飲んでは暴れていた。

父の母、ぼくの祖母とは、常にケンカをしていた。

ぼくが父に叱られて、雪の降りしきる夜に追い出されて玄関の戸を閉められた。

そんな記憶ばかりを増幅させて、自分から距離をとっていた。

ぼくは、高校を卒業してからすぐに上京したし、父が2度めの脳梗塞で倒れて、やっと半年後の28歳で鳥取に帰ってきた。

記憶って、自分で作っていたんだと、この歳になって気づく。

幼い頃、父の運転するバイクの荷台に乗せられて、ホタルを見に行ったことも忘れていた記憶だ。

ぼくの意識が今と違えば、もしかしたら、もっと楽しい記憶、エピソードが残っていたのかもしれない。

長い寝たきりの父を見ていて、暗いエピソードばかりを増幅させていたのかもしれない。13回忌を去年終えて、やっとそんなふうに述懐できるとは、驚きだ。

去年までは、どっちかっていうと、父とはわだかまりがあるままで別れたという思いしかなかった。週末医療のパイプにつながれた白濁した瞳の足の細い父を見て、人生とはなんだろうと考えることがあった。

今から、ぼくの新しいステージが始まる気がする。

同じ空間にある

朝晩は、ずいぶん涼しくなりました。それでも今10度前後はあると思います。部屋の中はまだもう少し暖かくて、深夜でも15度くらいはありそうです。昼間は外でも20度くらいです。

 

今朝、駐車場に向かう坂道で、不思議な感覚を感じました。

 

すべてが同じ空間にあって、ぼくの魂が幽体離脱をしたように肉体を離れて、宇宙のすべてを感じている。そんな感覚です。

 

ほんの一瞬かも知れないけれど、それは、貴重な体験でした。

 

体験は一瞬でも、そこから世界の見え方がガラリと変わることもあるような気がします。少なくとも、潜在意識は変わりつつあるんだろうなと思います。

 

潜在意識が変われば、自分の選択が変わります。言葉や行動が変わり、受け取るものが変わってきます。

 

すべてが、同じ空間に存在します。

久しぶりです

春になると、鳥はうたう。

このサイト「スプリング・バーズ・ドット・ジェイピー」が一貫しているのは、FacebookやInstagram、TwitterなどのSNSを除いて、ぼく、岸本みゆうの現在唯一の個人サイトという点に尽きます。

最近は、エフセブン・ドットコムエクボ・ドリームシフォン・オカリナという3つのサイトを運営し始めたので、そちらがメインになりつつありました。

エフセブン・ドットコム

エフセブン・ドットコムについては、以前から「パソコン教室のエフセブン・ドットコム」という日本語のサイトを作っていましたが、ここ数年、このサイトがなぜか不調で、何度かリセットするうちに、結局ほったらかしになっていました。

そもそもサイト名が長すぎるし、音楽もやっているので、改めてエフセブン・ドットコムというサイトを立ち上げて、音楽や個人的な思いなども書いていくうちに、なんとなくここがメインサイトになって、記事を書いていました。

エクボ・ドリーム

エクボ・ドリームに関しては、今年(2021年)になって、えくぼさんという方に出会って、影響を受けて自分の中で大きな変化があったんですね。ぼくの中にもともとあって、抑えていた感情、言葉、感覚、写真、いろんなものが再構築されていって、今、開花しています。

そこで、ぼく自身がどんな風に開花しているのか、これから何を伝えていくことになるのかを、えくぼさんと一緒に考えて、実践していこうというのが、このサイトです。

シフォン・オカリナ

シフォン・オカリナについては、ぼくがライフワークにしているオカリナと音楽について、関わっている人に何かご恩返しというか、お返しできる情報として、作ったものです。

以前は、タジリ90・ドットコムという個人サイトがあったわけですけど、ここは、ドメインのみ残して、ページは今後更新しないだろうなと思います。ここに残されている自分自身と今の自分自身がなんか、ちがうんですね。いずれ、今後比べて、自分でもああ、こうだったんだなと振り返ることもあると思うので、サイトそのものは残してあります。

今日がどんな日だったのか

今日は、60歳最後のとても充実した一日でした。明日28日がぼくの満61歳の誕生日です。今日に限らず、ぼくはいつも充実しています。それは、これからも、この肉体が死ぬまで変わらないでしょう。

午前中は、県民ふれあい会館のオカリーナ教室がありました。

午後は、そのまま姫路に向かおうと考えていたのですが、一人で行くのはつまらないと思い、雨上がりの曇り空(青空もあり)を見ながら、その思いに従いました。

姫路で何があるのかというと、アクアというオカリナ・グループのレッスンです。

何しろ、県外に行く、姫路に行くというのは、この1年半ばかり、鳥取県民にとっては、タブーでした。

1年半ぶりではありませんでしたが、久しぶりでした。

しかも、えくぼさんが一緒に行ってくれました。

いい一日です。あすも、もちろん。

寝ます。

追伸 MacBook Air 買います

ほんとはね。今使っているPro(2014Mid)を買い換える予定で、Pro買う予定・・・でした。それで、発表を心待ちにしていたわけですが。

ぼくには、オーバー・スペックでした。もちろん、検討はしたんですけれども。

というようり、ぼくには、Airのほうが良い。そういう結論が出ました(スッキリ)。

以上です。また報告します。

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感想(4件)

クリームみたいな石けん

皆さんご存知だと思いますが、花王の「クリームみたいな石けん」です。

ぼくは、使ったことがなかったのです。

いや、実際には、公共の施設などの洗面所に置いてあるところで、使ってはいるんでしょうが、自分で買って、使っていなかったという意味です。

コンビニで税込み137円でした。「Made in Malaysia」の表記があります。

「100%植物原料」というのは、パームヤシの種子に含まれる胚乳とパッケージに書いてあります。

ネットで検索すると、「洗顔に向かない」という人と「洗顔にも使える」という人と両方あります。洗顔に使う人も、「泡立ちは洗顔フォームほどではない。すぐに洗い流すほうがいい。」という感じのようです。

洗顔は別として、普段使いには、よさそうです。

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10個入で1,000円ほどなら、1個100円です。

石けん1個100円というのは、安いですね。

今までは、もう少し高い石けんを使っていたように思います。

ここにある理想、ここにある未来

ぼくは、ずっとこれまで、目標とか理想とかって、ぼく自身の中に「目指すもの」だって考えがあったことに気づいた。

それって、今を否定していたってことだった。

今ここにないから「いつか」と思う。

ふと自分を見つめたときに感じたのは、こうなったらいいねとか、これが理想だねとかって、考えていたことが、すべて幻想でしかなかったということだった。

そう気づいたら、今ここにすべてが存在していることに気づいた。

目の前に宇宙が現れて、ぶわーって輝き出したよ。

生きていることが奇跡だ。

青空も、葉っぱの緑も、吸って吐く息も。風も、光も。

すべてが、すでにいつでも、ここにある。

ありがとう。