新しいステップに向けて

人のカラダの中には、毎日新しい細胞が生まれています。

ぼくは、まず朝、目が覚めたあと、瞑想をして、この細胞に意識を向けます。それがやがて新しいカラダをつくります。

いま現在のこの歳58歳にして未熟なところや、老いて衰えていくところを見ないわけではありません。でも、そればかりを見ることは、せっかく生まれた細胞も生かせないと考えます。

ぼくは、ぼくという人間を通じて、自身がパイプとなって、イメージする世界を届けたい。それは、音楽、言葉、何か他の伝わるもの。

もしそれが役に立つのなら、嬉しいと思う。新しいステップとして、このサイトをぼく自身のわくわくを伝える場に育てます。

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企画展「Our Collections!」

2019年2月16日、雨の土曜日。鳥取県立博物館で始まった企画展「Our Collections!」を見に行ってきました。

14時からのギャラリートークもたっぷりと楽しんできました。ここに掲載した写真はもちろん「撮影OK」の表示のついた作品です。

竹川宣彰氏「遊牧」
「遊牧」の牛の胴体の中を覗くと、解き放たれた牛の群れが見える。

2枚目は、一見すると何かわかりづらいのですが、1枚目の竹川宣彰氏の作品「遊牧」(巨大な牛のオブジェに見える作品)の「牛の体内」を映したものです。2011年の福島第一原子力発電所での事故のあと、帰還困難区域に取り残されて、柵から放たれた牛たちがテーマになっているそうです。

竹川宣彰氏「群落」

3枚目も同氏の作品「群落」。

オノ・ヨーコ氏「Play it by Trust」

4枚目はオノ・ヨーコ氏「Play it by Trust(信頼して駒を進めよ)」実際に座って、チェスができる作品です。

もちろん、伊谷賢蔵や前田寛治を始めとする鳥取県が所蔵する膨大なコレクションの一部を見ることができます。

ギュスターヴ・クールベの「まどろむ女(習作)」や佐伯祐三の「オーヴェールの教会」なども、同コレクションとして展示されています。

他にも、見どころがあり過ぎて語りつくせません。1時間じゃとても足りませんでした!また機会があれば見に行こうと思います。3月10日まで。

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謙遜って自分を落とすこと?

こんにちは!SpringBirdsです。春はもうすぐですね!このサイトでは、思考すること、クルマのこと、芸術や音楽のことなどを書いています。

「謙遜」って言葉を調べると、「へりくだること。控え目なつつましい態度でふるまうこと。」と出てきました(Google検索より)。

他の解説には「卑下することではない。」ともあります。

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わ! ぼくは気が付いてしまいました。

ぼくは、これまで謙遜するつもりで、自分を卑下していたんです。人に合わせて、相手を尊重したつもりで、それで何となく丸く収まるんじゃないかと勘違いしていました。これまでは、ずっと、そんなカンジだったかも。

それがぼくの習慣になっていて、ぼくは、自分自身に対しても自分を低く見て、人にも自分を低く見せるようになっていたんだと思う。

でも、それって結局ウソだね。自分に対してはもちろん、相手に対してもウソをついてるってことになるよね。

あっちゃあ・・・、と思ったハナシでした。

その都度やる。たらればは捨てる。

こんにちは!Springbirtdsです。寒い日が続きます。でも、春はもう目の前です!このサイトは、自然、環境のこと、クルマのこと、芸術・文化のことなどを書いています。

巷でよく言われている内容のことだと思うんだけど、これは、ぼく自身のために、確認のために書いておきます。

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しようと思ったことは、その都度やる。

重要でない、必要ない、忘れていい。

そう思ったこと「だけ」を、捨てる。

その都度やることが難しければ、最低限「声を出す」

声を出すのは、誰もいなければ、ひとりごとでも構わない。

それを、習慣にする。常にそうする。

これまでは、「こうしたら・・・。」「こうなれば・・・。」って考えて、重要なことでも、後回しにしていた。

あとからでも、できれば、それでいい、できると思っていた。

甘かった。

生きるって、そんな甘いもんじゃない。

それでもこれまで過ごせたのは、関わる人がガマンしていただけだった。

・・・ってことに58歳のおっさん(ぼく)が気がつくわけです。

まあ、年齢ではないとは言いますけどね。

恥ずかしいよね。

って、恥をさらすんですけど、それもこれも自分のため。

で、まあ、これを読んだ人が、今からでも遅くないって思ってもらえれば、・・・。そこは、オマケとして。

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もちろん、ここで言っているのは、人と関わることに関して。

このブログを書くとか、本を読むとか、買い物をしたり、洗濯や掃除をしたりするような日常のことを後回しにしてはイケマセンみたいなことでは、ありません。

そういうことは後回しにしてでも、意味のあること、押さえるべきところは押さえましょうという話です。

きのう使ったハンカチ

こんにちは!SpringBirdsです。このブログでは、生活のこと、環境のこと、クルマのこと、芸術や音楽のことなどを書いています。

きのう使ったハンカチを今日も使うために持ち歩いています。濡れたら、乾かせばいいし、汚れたら洗えばいい。少し汚れてもいい、そんな場面できのう使ったハンカチを使います。けっこう重宝します。

家では、タオルも数日いろいろな用途で使うことがあります。顔を拭いたあとは、身の回りの気がついたところを拭く。何度でも使えます。ティッシュペーパーは、くしゃみをしたときだけに使います。コンビニでもらうウェットティッシュなんかも、重宝しますね!

公衆トイレで手を洗うとき、鏡の前でまず自分の姿と向き合います。それから袖を捲り上げてブレスレットと時計をはずします。排水栓を閉めて、少しの水を貯めておいて、手のひらで水をすくってから、まず洗面台と蛇口を水で洗います。

それからようやく、石鹸で丹念に両手を洗うんです。その後、流水で石鹸を洗い流し、蛇口を閉め、排水栓を開けます。ハンカチで、手をていねいにしっかりと拭きます。

その後のぼくのやることは、もしそばに誰かいれば、ちょっと驚くことかも知れません。

ぼくは、いつも今日のハンカチの他に、きのう使ったハンカチをどこかのポケットに入れています。

そのハンカチで、洗面台のまわりの水しぶきなどを拭き取ります。汚くないのでしょうか? もちろん、そのために、最初に貯めた水で、洗面台の周りを洗っているわけなんですね。ハンカチは、あとでクルマのダッシュボードに広げておけば、走っている間に乾きます。

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クルマについた新しい目印

こんにちは!SpringBirdsです。久しぶりに、このブログのテーマのひとつでもある、クルマのことを書きます。

昨日、コンビニの駐車場にクルマを停めて、買い物をして帰ってきたときに気がついた。クルマの前のバンバーの左の角にキズがあった。

バンバーの左前にできたキズ

何日か前に、狭い路地をバックで入るときに、ギーッ!という音を聞いて、そのときは、後ろの方だとばかり思ってて、降りて確認したけど、その時は気づいていなかったようだ。公園の縁石かポールにぶつけたらしい。

そこに思い至る前には、もしかしたら「当て逃げ」されたのか。と思ったりもした。しかし、思い出してみると、ここ数日、当て逃げされるようなスペースにクルマを停めていない。

直そうか、とも思ったが、この程度である。

保険を使うほどもないし、ボディが傷んでいるわけでもない。

自分のクルマの目印だと思って、キズはキズで、ここもきれいにして残しておくことにしよう。このキズを見るたびに、前方左下は死角が大きいことを意識するだろう。人を傷つけては大変だ。きっと、何かの身代わりについたキズなんだと思う。

音がしたときにも確認しているので、大丈夫だと思ったが、もし、何かポールが折れてたりしたら、弁償しないといけないかも知れない。念のために、後日その公園に行ってみた。よくあることなんだろう。どこもキズだらけで場所を特定することはできなかったし、大きな損傷はなかった。一安心だ。

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ちょい長めのケーブル。

充電用データ通信用のUSBケーブルを買いにヤマダ電機に寄りました。

買う前はちょうどい長さで買おうと思ってるんだけど、ケーブルの陳列棚の前で、やっぱりいろいろ手にとってみて、あんまりギリギリじゃない長さ、ちょい長めを選んでいました。

主な用途はクルマの中での充電用です。

クルマはセレナe-power。充電しながら走るクルマなので、いつでもスマホ、タブレットを充電することができます。

長さ的には、30センチでも大丈夫っぽい感じです。買う前は、余裕を見て50センチか70センチくらいって考えていました。

結局1.2メートル買いました。それで、写真のようにぐるぐる巻いているわけです。まあ、でも手元に伸ばして見ることもあるし、これくらいあってもいいんだと思います。そう思うことにします。

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ケーブルの長さ、固定するものであれば、ちょうどくらいでもいいけど、やはり、カケル2くらいの長さかなと。今後の参考になれば。

シンプルに捉えて、シンプルに表現する

こんにちは!SpringBirdsです。このサイトでは、クルマのこと、環境のこと、生活のこと、音楽や芸術のことなどについて記しています。

現実に起きていることのひとつひとつは、とてもシンプルです。ものごとをシンプルに捉えるというのは、本質を捉えることだと思います。

さまざまな要素が複雑にからみあって、シンプルに見えないことがあります。そのときに、本質はなにか、どう感じるかに焦点を当てることだと思います。

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じゃあ、その本質ってなんだろう。

本質を考える前に、本質を見えにくくしている要素がないかどうかを考える必要があります。感情だったり、常識(と思っているもの)だったり、まったく関係ない別の要素だったりします。

ぼくの場合は、思い込みが多かったように思います。「こうじゃないか。」「こうなるんじゃないか。」「これが原因じゃないか。」あくまで、想像や妄想でしかないことが本質を見えにくくしていたということが多かった。

フロー情報、ストック情報

こんにちは!SpringBirdsです。芸術について、クルマについて、環境や生活のことなどをブログに記していこうと思っています。よろしくお願いします。

情報は、ひとつひとつが断片のときには、ただのデータです。

データがまとまり、意味を持つことで、情報となります。

情報の中には、流れては消えるものがあります。源泉かけ流しのお風呂にあふれる(フロー)お湯のような情報という意味で、フロー情報ということにします。

一方で、人々の間で何度も取り上げられ、長く記憶に残る情報をストック情報といいます。

ストック情報のうち、重要なものが記録に残され、後世に語り継がれることで、あるものは歴史的事実となり、あるものは学術として残ります。

ごく自然な流れなのだと思います。

山林に雨水がたまり、地下に浸透し、湧き水となり、流れ出て川となり、ほとんどの水が海にたどり着きます。このときの水を情報として見ると、ほとんどの情報がフロー情報なのだということになります。

でも、フロー情報があたかもストック情報のように見えることがあります。人為的に川の上流にダムが作られて、フロー情報を重要な情報として取り上げ、掘り下げることで、情報が操作されます。

他人の手で操作された情報を見るのではなく、自分の感性に届いた情報を見極めることが大事なんだなと思います。だからこそ、現代は感性が重要なのだと思うのです。

ぼくは、自然の美と、芸術を通じて、感性を磨きたい。その思いが強くなりました。

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