無題(とりとめなさすぎ)

時間が空いたときに、ブログを書くんですけど、ネットワーク環境によっては、投稿画面がなかなか出ないことがある。そういうときに、何を書こうとしていたのか、忘れてしまうことがあって、それなら、最初からテーマを決めないで書き始めることにした。

投稿画面が出るまでは、瞑想をしたり、ただ居眠りをしたりして、体も頭も休めるようにする。

それで、結局ボツになる投稿もあったりするんだけど、この方がスムースに書けそうだし、続くと思う。

今日は、午前中は、パソコンの設定をして、午後から、オカリナ教室を二つ、夜にもまた移動して、オカリナ教室があり、その夜に教室の前に時間があったので、書き始めています。

耳の中には、最近買ったノイキャンワイヤレスが突っ込まれていて、今は環境音の「せせらぎ」の音が絶え間なく流れています。

常に頭の中では、いろんな「おしゃべり」が流れているように思います。それは、流れては消え、流れては消えして、まとまることはありません。それをこうして出してやることによって、目で見て、読んで、読むことで、初めて消えるものは消え、形になるものは形になるんじゃないかと、始めたブログです。

家に帰って・・・。

ぼくはテレビが苦手だ。ぼくはテレビを見ないでも何日でも過ごすことができる。ビールを飲むのをやめる方が難しいくらいだ。都会の雑踏は苦にならなかった。絶えずひっきりなしに一方向からだけ流れるスピーカーの音が苦手なのだ。家族にとっては、テレビはなくてはならないものらしい。

これはこれ、この文章のまま、あまり推敲はしないでアップロードしてしまおうと思います。文体も書くタイミングでバラバラだし、文章同士の関連性もあまりありません。本当に思いつくままに書いています。

現代はテクノロジーの進化がめざましい時代です。インターネットや、パソコンも。一方で、生身の人間は、どうかな。むしろ退化してないかな。漢字が書けますか。こうして変換して活字を並べるだけで、紙に書くということがなくなりつつあります。あるいは、漢字が書けなければならないと思うかどうか。どうだろう。文字が道具であるなら、プログラムが出来なくても、パソコンは使えます。クルマの整備はクルマやさんに任せておけば、ドライブはできます。文字が読めないなら、困りますが、書くということは、キーボードに置き換えられます。

ぼくの頭の中は、とてもおしゃべりだし、とりとめがないですね。こうして文をつないでいくと、それがよく分ります。人にそう感じさせていないのは、左脳が頑張っているんです。頑張りすぎです。これまでは、本当にやり過ぎだった、です。もう、自分の言葉は断片のうちから、整理にかかっていて、古い引き出しを開けて、人に向けた言葉を並べていたわけです。

これを、やっと、出せるようになってきた。一切引き出しを開けないで、自分の言葉から取り出せるようになってきた。だから、整理しなくていい。まとまるときはまとまるのだから。

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