見える、の違い。

一般的に視力、ということで言えば、ぼくは相当に悪い。かなり悪い。今、裸眼でパソコンに向かっていて、画面から顔が40~50センチくらい離れているわけだけど、見出しの文字は読める。本文の小さな文字は、ディスプレイに顔を20センチくらいのところまで近づけないと、見えない。

じゃあ、メガネをかければいいじゃん。って人は思う。実際パソコン用に作ったメガネがある。そのメガネをかけると、顔を上げて、視線を下向きにすれば、文字が読める。そう、これは遠近両用のメガネで、手元の見える範囲が広めに作られている。外出用の遠くが見やすいメガネは別に作った。用途に応じてメガネを使い分けるというのは、割と普通だ。そしてさらに、ぼくはふだんはコンタクトレンズをつける。

裸眼のいいところは、当たり前だけど、目が楽だ。目に何も負担がない。だから、家ではレンズやメガネを使わない。文字を読むときだけは、不便だ。あとは、なんともない。

景色はぼやけている方が、だいたいきれいだ。わざわざぼかした写真があるだろう。いつも、あんな感じで見える。「得だなぁ。」と一人でにやけてみている。

そうだな。人の表情が見えないのも不便だな。でも、だいたい感覚でわかるときもある。伝わる感覚に敏感になるというのもメリットかもしれない。全盲の方が当たり前に人に向き合ったりする。「今日は、誰それさんが来ていないな。」とか言ったりもする。そういう感覚が理解できる。

感覚を研ぎ澄ますという意味では、多少不便なくらいがいい。どっちみちAIがなんでも教えてくれるような時代になるんだろう。そうなったときに、感覚がある人と、感覚がわからない人では、大きな差が出てくるに違いない。

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