宗教ってなんだろう。

いろんなご縁があって、さまざまな宗教団体・個人の方ともお付き合いさせていただくことがある。若いときにはかなり強引な勧誘にあったこともあるが、ここ最近は、そういったことはない。

話を聞くのは好きなので、声を掛けられれば、都合によれば、その場所にも行くし、話も聞く。なるほど、そういう考え方や生き方もあるのだと、感心もする。本を読めば、誰でも知識として得られることだが、人を通して聞く話の方がおもしろい。

ぼく自身は田舎の旧家で育った。家に仏壇があり、継ぎ足して「増築」された神棚がある。いったいどれくらい前の位牌があり、御札や掛け軸とかも含めると、どれだけたくさんの神様がいるのだろう。今「檀家」としてお付き合いのある寺は浄土宗、つまり仏教のお寺さんだ。身内の葬儀や、仏壇、お墓のことなどは、このお寺さんのお世話になる。

檀家としてお世話になっているお寺さん以外にも、お付き合いしたり、お参りしたりするお寺さんはたくさんあって、仏教だけでもなく、あまり宗派にはこだわりがない。これを世間では「多宗教」とか「無宗教」と言うらしいけど、ぼくはただ面白いなと思って、それぞれにお伺いさせていただく。

お寺さんだけじゃなく、神社にもよく参る。

神社の拝殿で鈴を鳴らして、お賽銭を入れて、願い事をする。という習わしは、ぼくにはピンと来なくて、ここ(神社)は自分と出会うための神々のアトリエだと思っている。鳥居も門も参道も何度も手を加えられてはいるけど、どこに行っても美しい。後背の森も含めて、氣が満ちている場所を繰り返し通ることで、ぼくは少しずつ、自分を取り戻し、自由になれる氣がする。

音楽は、宗教の原点でもあるなぁ。料理だって、なんだって、味わうことから始まる。一生無宗教でぜんぜん構わないけど、味わうことも拒否した無宗教では、もったいないことだとは、最近ちょっと思うかな。

ぼくは、ただ味わうために、神社に行く。もし願うとしたら、この世界のこと、宇宙のことだ。自分のことは、この次元のこの世界で自分で選択して、決めるしかないから。

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